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河井寛次郎記念館 ~ ⑥ ~ 登り窯

アート缶
10 /22 2015



ずいぶん長いこと行ってみたいと思っていた
この河井寛次郎の旧居ですが、玄関側の町家らしい外観と
住居部の雰囲気くらいしか知らずに初訪問。

これは素焼窯の上の煙突。


ここを出て、すぐそこの東山五条の大きな交差点に
行きつくまでにも窯元の陶器屋さんが2、3軒。
そうだ、清水焼の産地なのでした~。
河井寛次郎記念館
敷地のいちばん奥に、登り窯。

京都の町ん中に、かなりな大きさです。

釉薬の手伝いをしていた清水六兵衛所有の古い窯を
30歳の時に譲り受けた(購入)もの。

島根出身の河井が京都の地を選んだのも
この窯があったからだという。


「素焼きされた作品は釉薬をかけた後この窯に入れられ
1350℃ほどで焼かれた。」


「火は二昼夜に渡って前の室から後ろの室へと燃やされ、
このため約2000束の松割木を必要とした。」


この窯は多くの人と共同で使われていたそうですが、
「寛次郎の作品の多くは、この窯の前から
二番目の室から生み出された。」(看板の説明より)

(これは1番目の室です)

・・・寛次郎の作品・・・

この赤色は「辰砂」、形もキュート。


(緑釉抜蝋)


(三色打薬)

L字型の土管がお好きだったようで、
ちょっとそれに通じるような形ですね~。

わが子を見つめるように。


河井が亡くなったのは昭和41年。


昭和46年には京都市の規制で街なかで窯の使用が禁止になる。

窯のまわりをぐるり、登って、下りる。



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めかねこ

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