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金沢 ~ 寺島蔵人邸

かなざわ缶
05 /04 2015



毎度、おばさんのGWは、金沢でございます~。



武家屋敷 寺島蔵人(てらしま くらんど)邸
金沢市大手町10-3

寺島蔵人(1777-1837)は、禄高450石の加賀藩 中級武士。
農政・財務の実務を担う。


寺島邸の建築年代は18C後半。
蔵人の祖父にあたる五郎兵衛恵叔が
1777年に邸地を拝領し、新築。

現存する家屋、敷地は当時よりも縮小されているそうですが、
当時の武家屋敷の形態をよく伝えている。

(あ、武士の家屋で2階建てというのは珍しいものらしい)


(カメラマンの腕が悪いのでさっぱりお伝えできませんが)
樹齢350年の3~4mはある見事なドウダンツツジが白く満開。


ドウダンツツジ、「満天星」とも書きますね。
今、まさしく。


池泉回遊式庭園ではあるが、もともと池に水がない。


庭に面する書斎。その池に因んで「乾泉亭」

この扁額は浦上玉堂の筆。

もとは、おもてにメインのお庭があって、
こちらは裏の庭。


「武士の庭らしく(?)柿や栗など食べられる実のなる木も
いくつか植えられていたんですよ」と案内の方のお話。


ミヤマナルコユリ


紅一点。


音響を考慮して作られた蔀戸の4畳の部屋で、
訪れた浦上玉堂が琴を弾いたという。


モミジの、


茶室


寺島家の家紋の


おばさんの一服。


27年くらい前まで、子孫の方がお住まいだったそうです。

この手前が所蔵品展示室になっていて、

「応養」と号し、絵も描いた蔵人の牡丹の掛け軸も。


若き日には武士として藩政に手腕をふるい、
老いては書画を愉しむ人生だったかと思えば、

民衆の生活を圧迫する藩政を強く批判し、
万民のための藩政と
人材育成を強く訴え続け
何度も罷免の憂き目にあう人生だったという。
 
                   (知らん人です↑)

最期は、配流の能登島で生涯を閉じる。


そんな、加賀藩の歴史と人を垣間見る。


いま新緑の庭が、
秋にはドウダンツツジの黄葉で
また見事だそうですよ~。

ここのドウダンは、黄金色に色付くそうです。

屋敷を出ると、こんな路地。





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めかねこ

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