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志賀直哉旧居

なら缶
06 /17 2016



「とにかく、奈良は美しい所だ。
今の奈良は昔の都の一部に過ぎないが、
名画の残欠が美しいように美しい。」
志賀直哉『奈良』より

奈良市高畑町


志賀直哉が自ら設計し、昭和4年から
東京に移転する昭和13年までの作家の住まい。


何年か前立ち寄ったころまでは、志賀直哉~暗夜行路~
国語の、日本文学史の暗記の単語のひとつでしたが、


作家の書斎


ここに集う文化人のつながりを知り、
いくつか志賀さんの作品を読み。

ここのブログで記事にしたことから
阿川弘之さんが志賀さんのお弟子さんで
志賀さんのことを書かれていることを教えてくださる方がいたり。
阿川さんのその本は手に入れられなかったのですが
ごく最近の阿川さんの随筆がちょうど出て、それは手に入れられて
阿川さんの詳らかにする志賀さんの横顔。

食堂~あかり

なんだか民藝調だな、と思ったら、
柳宗悦さんらとも交流があり、
ともにヨーロッパ旅行もされているようで。

阿川さんの思い出の文によると
先生のお宅にはブランドの什器などはほとんどなく
「安物と安いものとの区別があるようであった」


食堂からあちらはサンルーム。


テーブル、椅子がいくつもおかれ、
過ぎし日には多くの文化人が
この家のあるじを慕って集ったという。


そんな時代の家族スナップ




数寄屋造りに巧みな京都の大工による、茶室の。


大工さんが茶室を作りたがり、
ここに遊びに来た人でもが ごろりと寝転んで寛いでもいいかと
承諾した。実際そのような使い方はしなかったが、
夫人と娘さんが先生を招いてお茶のお稽古をした。
の、ような説明書き。


中庭から。


茶花になりそうな季節の花も。


居間、客間、子ども部屋、水屋、浴室、タイルの手洗い場、、、。


中庭から裏をまわって


ツツジのころに。

                                                      2016/5/2(mon)





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めかねこ

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