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『采配』

図書缶
01 /03 2012
 

 
帰省した息子クンも昨日のお昼過ぎには雪国へ戻る。

 
晩ごはん付き合ってくれて、ぼやき聞いてくれてありがとさん。

 
休み中に悩んでも仕方ないが、年明けの仕事は憂鬱で。
産休さんに、プラス 隣で働いてた若者が年末でお別れのあいさつ。
年明け初日からパンク確実。

 
息子の置き土産(「重いので後で送って」)
ドラゴンズ前監督の落合さんの『采配』

 
野球に興味ないけど、地元球団、
耳に入る采配ぶりは「あ~人を育てる目を持ってる人だな~」

 
まだ読み始めだけど、
うん、わたしにも まだ改善の余地ある。
とりあえずPC入力速くなろう!
 
 
 
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日本人とくじら。

図書缶
10 /02 2011
 

 
たなぼた4連休終わりました~。
 
息子の住む日本海側に行こうか、奈良、伊勢、明治村・・・。
気持ちがまとまらず、結局デンパークと、市内のここ。
 
西尾市岩瀬文庫。

ちっちゃな古書専門の文庫。
お庭もちょい秋の色・・・。
 
『日本人とくじら』展
       ~11月13日(日)
 
ほんの小さな企画展です。

縄文時代以来、日本人は鯨を捕り、用い、食してきた。
室町時代には貴重な食材として公家に献上されたり、
江戸時代には捕鯨専業組織まで成立。
 
岩瀬文庫蔵の江戸時代の資料を中心に、日本人と鯨のかかわりを紹介。

 
  
 昨日こそ 船出はせしか 鯨魚取り 比治奇の灘を 今日見つるかも ~ 万葉集
  
 鯨の解剖図
  
 料理本~鯨汁の紹介
  
 鯨の具体的部位ごとの調味法…「味噌煮にて」、「下人食用」とか「下品なり」の文字
  
 田んぼの蝗害防除法 ~ 鯨の油でバッタ駆除?
  
 下は本草図説、水産部の中でも鯨のみで一冊をさいている。(図録より)


 目がなんだか憐れに描かれており。
 

 
1Fの休憩室でコーヒー、お抹茶等いただけます(有料)

 
岩瀬文庫旧書庫 内部特別公開 10月29・30日 だそうです。

 
このまちの海(三河湾内)に近い川に
鯨が迷い込んで大騒ぎ、の明治時代のモノクロ写真も。
 
 
 
 

古書ミュージアム~岩瀬文庫

図書缶
05 /09 2011
 

 
今日は愛知・西尾市鶴城公園

 
藤棚

 
市立図書館の隣りのふつうの小さな公園です。

 
そのお隣り、
西尾市岩瀬文庫
日本初の古書ミュージアムだそうで。

 
もとは明治41年、豪商・岩瀬弥助が設立した私立図書館。
古典籍から近代の図書、日本、中国、韓国まで含む8万点余の蔵書。

 
館内・外に資料のコラージュ

 

 
2011.4.2-6.12(日)
『自筆本は語る』
小さな企画展。

 
夏目漱石の原稿、小村寿太郎・秋山真之・高村光雲等の書簡、
徳川光圀、徳川斉昭の書。
『本草図説』

・・・こちらは2003年リニューアルの本館・・・

 
周辺の緑 

 

 

 
紙の活字から電子書籍の時代になりつつありますが、
古い自筆の本や書簡は、
その筆跡や文章から人となりを垣間見られます。

 
(私には、ちょっとくずれた行書・草書は読解不能で、
当時の識字人、手紙を受け取った相手はこれを読めたのか???
という低レベルの疑問も脳裏をぐるぐるしてしまっていたのですが)

・・・こちらは旧書庫(大正年間の建築)・・・

 
岩瀬文庫のホームページ
 
 

正岡子規~言葉と生きる

図書缶
04 /09 2011
 
俳句なんて無縁に暮らしながら、
折にふれ、正岡子規(伊予・松山生まれ。1867-1892)。
なんだかその生きざまが好きで。
 

 
正岡子規 言葉と生きる     坪内稔典・著
 
俳句・短歌・文章という3つの面で明治という時代とともに成長し、
34年という短い生涯を生きた正岡子規の評伝。
 
著者の坪内稔典さん(1944~)、子規との出会いは国語教員だった20代終わりに、
パチンコで勝ってしまった帰り道の古本屋の『子規全集』だそうで。
 
その私の坪内さんとの出会いは、たぶん20代の終わりころに
NHKで週1・30分・10回ほどの子規のお話。
なんだか毎週楽しみにしてた記憶と、
最後の回に子規が長い結核の闘病の末に息を引き取った時の
子規の母の一言「もう一回痛いとお言い」を
目を潤ませながら語られて終わられたこと。
 
この数年のNHKでの『坂の上の雲』ドラマ化のためか、その特集にも
頭が白くはなられていたがお変わりない坪内さんの子規のエピソードが。
 

 
本文は、子規の言葉を挙げて、その言葉を読み解くようなスタイル。
 
その中にもあるのですが子規と漱石とのやり取りは、
お互いを尊敬しながら忌憚なく批判もしあう好きなところです。
漱石曰く「お前は朝から晩まで書き続けIdeaを養う余地がないじゃないか。
書くのが楽しみなら無理によせとは言わないが
毎日毎晩書いて書いて書き続け、子供の手習いと同じだ」
本を読め。
  

 
それでも子規は書いて書いて書くということが好きだったんですね。
そして言葉にリズムが生まれ、
子規の好きな野球の、キャッチボールのように
言葉によって他者とのかかわりの展開を楽しむ。
 

 
そういう子規を漱石はやはり尊敬し
「子規は人間として、文学者として最も『拙』の欠乏した男だ」
 
下の書簡集の表紙絵は子規が漱石に贈った東菊の絵。
 

 
その横には「この画がまずいのは病人だからだ。
君も横になって肘をついて描いてみたまえ」の添え書き。
のちの漱石の言葉は「その文章を拙なく書く人が、
絵の具の筆になるとたちまち拙になってしまうところが、微笑ましい」
 

 
もひとつ、人好きの子規。
もう病気も随分悪くなり動けなくなっても、
人が集まるのを好み、子規を囲んで折々の句会・歌会。
それを誘うはがきに
 
我庵ノ硯ノ箱ニ忘レアリシ眼鏡取リニ来歌ヨミガテラ
 
これは伊藤左千夫 宛て
 
 
 
 

是も仁和寺の法師

図書缶
06 /28 2010
 
ヤマボウシの花のあと
 

 
どうも、吉田兼好の徒然草、
仁和寺の足鼎が抜けなくなっちゃった法師の姿に見えちゃうんですが。

 
酒宴で、頭に無理やり足鼎をかぶってふざけて踊ったのち、
鼎を抜こうとしたが抜けない。

 
次第に頸のまわりは血が滴り、腫れて息も詰まる。
鼎の上から帷子を掛けて医者に連れて行くが、このような者を診たことがないといわれ、
そのまま寺に戻る。

 
近いもの、老いた母親も嘆き悲しむが、
本人には聞こえようもない。

 
やがて、命さえ助かればと力ずくで引っこ抜くと、
耳鼻は欠けて穴だけになる。

 
その後久しく病みゐたりけり。
 
 

めかねこ

猫・まち・植物・ときどきアート